きりひと賛歌

小学館文庫 全3巻

作者:手塚治虫
出版社:小学館
初出時期:1970年(ビッグコミック)
分野:青年マンガ
ジャンル:医療
内容:奇病「モンモウ病」を取り巻き、権力争いの陰謀が渦巻く医学界を描いた問題作。


奇病「モンモウ病」究明に挑む医師、小山内桐人(おさない きりひと)がこの作品の主人公です。
この奇病の原因となる手がかりを掴むために、発生源となった村に向かった桐人は、
「モンモウ病」と、そこに隠されていた陰謀との壮絶な苦難の戦いが始まっていくのです。

◆医大出身の手塚治虫氏ならではの医師が主人公の作品です。
手塚氏のもっともメジャーな作品は「ブラックジャック」ですが、
この作品はそれとは一味違ったリアリティーが表現された作品ではないでしょうか。
奇病「モンモウ病」が主題となっていますが、
それを取り巻く大学病院、または日本医師会の権力争いの構図は、
少し前にテレビドラマで放映されていた「白い巨塔」を思わせるような内容で、
人間関係のドラマが作品を盛り上げています。

◆1963年に発表された山崎豊子氏の「白い巨塔」も、
医局制度などの医学界の腐敗を鋭く追及した傑作とされていますが、
この「きりひと賛歌」も「モンモウ病」という奇病が題材となっていますが、
それが権力争いに使われるという部分では、
共通のものがあるかと思います。
医師が人間の命を救うために医学の進歩に努力する時、
そこに何かしらの欲が生まれたりすると、
時には人間の尊厳を踏みにじるようなことが起こってしまうのではないでしょうか。
そしてこの病気特有の見かけが犬のようになるという症状から、
人間の「偏見」という観点が痛烈に感じられる作品だと思いました。

◆この作品は、それまでの手塚作品とは一味違った作風が醸し出されています。
斬新な手法のコマ割りになっていたり、心理描写の部分の絵柄は、
まるで印象派の絵画を見ているようなカットが描かれています。
「ビッグコミック」という大人向けの雑誌に掲載されていたということもあって、
「ブラックジャック」とは違った手塚作品の魅力に触れられると思います。

(漫画本エッセイ139)